私の娘
娘は私が25歳の時に生まれた。
24歳で妻と知り合い、勢いで半年後に結婚していた。
そして、娘が誕生し、・・バブルが弾けた。
離婚することになって、娘と離れ離れになった。
彼女がまだ4歳になる前だった。
結婚生活は5年に満たなかったが、その内の3年以上の時間は娘が一緒にいた。
赤の他人の妻と私の間に生まれた、血のつながり。
離婚は簡単だったが、娘を手放す事は胸が引き裂かれる思いだった。
まさに、体の一部を持っていかれるような思いだった。
もし、私が引き取っていたなら、妻がそう感じただろう。
どちらかがそれを味合わなければいけないのならば、強い私の方がいいだろう。
結婚後、私と妻はすぐに子供を作ろうということになった。
それがもともと妻の願いだったからだ。
結婚イコール子供をつくるということだった。
しかし、結婚当時は日本は好景期、いわゆるバブル経済だったのだ。
妊娠が分かって喜んでいたのもつかの間、バブル崩壊の影響は津波のように私たちの生活に影響を及ぼし始めていった。
若い年齢層に向けてストリートファッション系のショップを経営していた妻の店の売上は半減し、私の務めていた広告代理店の仕事も激減していった。毎週の定例会議では、各顆の目標発表とは別に経費の削減をテーマにした取り組みを発表させられるようになった。
接待費等の経費はどんどん減らされ、タクシー券も廃止になった。
そのうち、残業さえも時間が規制され、家を買ったばかりの先輩社員たちは毎月の支払いを残業手当で稼いでいたので泡を食っていた。
私は意外とのん気な性格で、そんな世の中の反応をよそに、一人独立の計画を着々と進めていた。
経済状態が悪化しようが、日本が沈没しようが、関係ない自分の人生計画を実行する為に。
